「鑑定士と顔のない依頼人」を都合よく深読みする (ネタバレあり)

当時33歳 鑑賞

僕はいわゆるミステリィマニアではないが、いちおう、トリックの専門家ではある。

映画や小説の中にトリックが仕組まれていた場合、そこについついフォーカスを置いてしまうのは職業病のようなものだ。

さて、そんな僕がこの映画を見終わって、最初に気になったのは、以下の点だ。

Q1. 暴行を受けたヴァージルをクレアが助けに出た時、彼女は何故、外に出るのを一瞬ためらったのか?

この時、周囲は暗かったし、ヴァージルは地面に倒れていた。ヴァージルがクレアの方を見ていなかったのは明白である。クレアはこの時、病気の演技をする必要はなかったのだ。

彼女はまず、窓から外を見てヴァージルを見つける。ヴァージルが暴行を受けることを彼女は知らなかったに違いない。

クレアは慌てて外に出ようとするが、一瞬ためらう。この時、彼女の顔に浮かぶのは恐怖である。

彼女の病気は架空のものであり、演技をする必然性もなかったのに、彼女は何に怯えていたのだろうか。

ヴァージルが暴行を受けることはロバートの計画だが、クレアには知らされていなかった。路上に倒れたヴァージルを窓から見つけ、助けに出ようとしたクレアの頭をかすめたのは、「暴漢がまだ近くにいて、次は自分が標的にされる」という恐怖だったのではないか。

ここで、ロバートとクレアの関係が明らかになる。ロバートはクレアの弱みを握っており、クレアは利用されていた。仕方なく指示に従いながらも、いつ自分が消されるかという恐怖を感じていたのだ。

クレアはその恐怖を乗り越えてヴァージルの元へと駆け寄る。その行動の意味するところは1つしか無い。クレアはこの時点で、ヴァージルを本気で愛してしまっていたのだ。

まとめると、Q1 の状況から以下の結論が導かれる。

A1. クレアはロバートに利用されていた。クレアはいつの頃からか、本気でヴァージルを愛していた。

(都合良すぎるって?この調子で最後まで続きます。)

さて、疑問は1つ解決したものの、じっくり考えなおすとまだまだ疑問点はある。次に僕が注目したのは以下の点だ。

Q2. なぜ「クレア」という名前を使ったのか?管理人はなぜ、クレアの病気について遠回しな言及をしたのか

まず、管理人はロバートのグルである。館に運び込まれてきた家具について嘘の説明をしているのでこの点は間違いない。

偽のクレアがヴァージルを誘惑する計画が始めからあったなら、クレアという名前を採用する必然性がない。本クレアが向かいのカフェに常駐している状況からすれば、むしろ危険とも言えるチョイスだ。

ここから考えられるのは、当初の計画はまったく違ったものだったのでは、ということだ。

おそらく、偽クレアはヴァージルの前に最後まで姿を現さない予定だったのだろう。

推測だが、ロバートの描いた最初の計画はこうだ。

ヴァージルが館を見に行くと不思議な部品が落ちている。ヴァージルは必ずその部品を持ってロバートの所に相談に来るはずだ。全て組み上げればとんでもない価値がある、ということをヴァージルも知ることになる。少々の時間をかけ (あまり簡単に組み上がっては有り難みが無いからね)、数々の困難を乗り越え、ロバートはそれを成し遂げる。お金を払おうとするヴァージルにロバートはこう言う。「金は要らない。その代わりに、君の一番の秘密を教えてくれないか?」

あるいは、組み上げた人形を運びこむのを手伝うとか、安置した後で微調整が必要だとか、とにかくロバート自身があの部屋に入る計画だったに違いない。クレアの館の一連の出来事は、ロバートがヴァージルに大きな恩を売るためのサブストーリィに過ぎなかったのだ。

いつかヴァージルが本物のクレアに出会ったり、近所の人からクレアの話を聞いても、ヴァージルの知っているクレアと大きな齟齬は無いように、最初の計画が設計されたというわけだ。クレア本人の証言は食い違うことになるが、彼女の異常な外見や言動を見て、その言うことを信じる気にはならないだろう。妄想癖が、とでも言えば片付く。

ところがこのプランAはうまく行かなかった。まず一番の誤算は、偽クレアがロバートの思惑通りに動かなかったこと。「彼に姿を見せずに鑑定を進めさせろ。1ヶ月もすれば人形が完成する」具体的な方法をロバートがどの程度細かく支持したかは不明だが、結果的にクレアはヴァージルを何度も逆上させてしまう。おそらくクレアは役者としては優秀だったが、役に入り込みすぎて当初の計画を見失ってしまうタイプだったのだろう。

もちろんある程度はロバートもクレアの性格を予見していたには違いない。ニ番目の誤算は、 ヴァージルの短気が部品への好奇心を上回ってしまったことだ。依頼主の顔が見えなくても、部品をすべて集めるためにヴァージルは館に通うだろうと踏んでいたのに、そうはならなかった。

そして、第三にして最大の誤算は、ヴァージルが思いのほか偽クレアに執着し、彼女の姿を見てしまったことだ。

この時クレアが慌てたのは、「姿を見せるな」とロバートにきつく言われていたのに、それを破ってしまったからだ。すぐにロバートに電話をしたに違いない。そしてロバートはこう言った。「今すぐこの電話を切ってヴァージルを館に呼び戻せ。その後また指示を出す」

さすが策士ロバートである。いつかこの瞬間が来るかも知れない、と準備をしていたのだろう。そして計画はプランBへと切り替わる。

順調なら、確実なプランA、トラブルが起きたらプランBへと切り替えよう、というロバートの考えによって、管理人はそのどちらへも対応できるようにクレアの病気についてぼやかした表現をすることになったのだ。

A2. 当初の計画はもっと単純で確実なものだったが、偽クレアが次々と失敗を重ね、ヴァージルが短気だったため、計画は2転3転している。

ここで、犯行の全容を確認しておこう。

まず、主犯はビリーだ。動機が明らかだし、ヴァージルの秘密のコレクションを知っているのも彼だろう。

ヴァージルと友人であったロバートを、ビリーが大金で買収したのだ。

計画はロバートが全て仕切っている。おそらく、人間を歯車のように組み合わせていくこの仕事を、彼は喜んで引き受けた事だろう。ビリーも彼のそんな資質を見抜いて、彼を買収したに違いない。

あとは皆、ロバートの駒である。(ロバートの彼女が本物の彼女なのかどうかは、ミステリィの鍵では無いのでここでは触れない。ロバートの言うとおりに動く人物の一人だったことは確かだ。)

ではいよいよ、ラストの謎にも繋がる、最後の鍵について考えたい。

Q3. ロバートがヴァージルに「贋作の中にも真実がある」と言ったのは何故か?

最後まで映画を鑑賞した視聴者が真っ先に思い出すのがこの台詞だろう。しかし、絡み合ったトリックを順々に解き明かしていかないと、この言葉の不思議さにまず気付けない。

この台詞を言った時、ロバートは、偽クレアがヴァージルを愛してしまっていることに気づいている。

「贋作の中にも真実がある」という言葉は、まさにロバートが仕掛けているこの状況のヒントでしかない。 言うのを憚ることではあっても、わざわざ言うことではないのだ。何故ロバートはあのタイミングで、印象的なこの言葉をヴァージルに投げかけたのか。何か意図があったと考えるほうが自然だろう。

どこかの段階からロバートは、ヴァージルと偽クレアの会話を詳細にクレアに報告させていたと思われる。ヴァージルと対面することになってしまってから、クレアは即興で次々と作り話をしなければならない。クレアに任せっきりでは嘘が破綻するのは時間の問題だ。ロバートとしては何としてもそれを防がなければならない。

計画さえ全うできれば、クレアに用はない。といって殺してしまうのはかえって面倒だ。さて、どうするか。

ロバートは、クレアがヴァージルに語った昔話について報告をうけた。幸い、「ナイト&デイ」は実在のものだ (彼女が誰とそのカフェに行ったのかは多少気になるが、ミステリィの鍵ではないので扱わない)。  ロバートはこれを利用することにしたのだ。

犯行の完了後、ヴァージルが現場を離れてプラハに向かうことはロバートとビリーにとって大変に都合が良い。時間を稼げば現場からは犯行の痕跡が薄れ、目撃者たちの証言もあやふやになり、彼らの足取りを追うことはどんどん困難になるからだ。

それにもし、そのカフェに本当にクレアがいたらどうだろう。ヴァージルは、犯行の捜査などどうでもいいと考えるのではないか?

一方でクレアにもこう言った筈だ。「すべてが終わったらあのカフェに行け。そこにヴァージルが行くように俺が仕向けておいてやる」

ロバートがクレアに親切にする義理は無いのだが、自分の完全犯罪の助けになるなら話は別だ。クレアは弱みを握られて操られている身だが、最後の最後にヴァージルに会えるとなれば多少言うことを聞きやすくなるだろう。。。

(実際には ロバート ヴァージルは入院してしまうのでこの計画は不要だったわけだが、それは嬉しい誤算であって、計画には入っていない。本映画の脚本家が何故ここで ロバート ヴァージルを入院させたのか、というのはまた別の軸のメタ・ミステリィとして解くべき問題ではあるが、ここでは扱わないことにしよう。うん。そうしよう。)

A3. ロバートは、ヴァージルが「ナイト&デイ」で偽クレアと落ち合うように仕組んだ。

とりあえず僕が気になったこと全てに納得の行く説明を与えた上で、ラストがハッピーエンドっぽくなったので良しとすることにします。(ツッコミは歓迎しますが、開けた穴は自分で埋めてください。この記事は、そういう遊びなので。)