彼は、電動車椅子で移動する。声も出ない。彼の教え子が作ったというホーキング専用のシステムで、電子合成音で英語を話す。車椅子にはディスプレイが備え付けてあり、ここで文章を作っているらしい。すらすらとは言葉が出ない。1つの文章はまとまって話すが、次の文章が始まるまで、だいたい話す量と同じくらいの時間が必要なようだ。

さて、興味深いのは、そんな彼が、スタンドマイクを使って講演をした、ということである。合成音であるから、出力端子でも付けておけばよいのに、わざわざ一度スピーカーから発声して、それをマイクで拾う。そういえば、どうせディスプレイとコンピュータが備え付けてあるのなら当然巨大なハードディスクでも積んでいろんなデータにいつでもアクセスできるようにするかと思いきや、そんなこともないようだ。そもそも、合成音で、一方通行の講演だったら、事前に録音しておいたってわからないではないか。録音とまで行かなくても、読み上げる文章は事前に準備しておいて、あとはポンポンと画面をクリックする(比喩である)だけ、とか、そういう風にすることは決して技術的に難しいわけではないはずである。僕だったら100GBのハードディスク2台をRAID5でつないでAirH”2枚挿しのほかにWi-FiにもBluetoothにも対応して半径10m以内のプリンタから難解な文章を出力しつつonline-chatで大議論を交わしつつ背中にデジカメつけて360度の視界を確保したうえでGPSのオートドライブで紅葉を楽しむ、などと想像が膨らむところだが。

それをしない、というところに、彼の哲学を感じる。