先日、中学校の同窓会があった。

私の中学2年生の時の担任であった斉藤俊雄先生は、同窓会当日は都合がつかずいらっしゃらなかったのだが、その直前にお会いし、色々とお話を伺うことができた。私が最初に手品と演劇を学んだ恩師である。先生が私の担任をしていたときが34歳、ちょうど、今の私の年齢と同じ。今は学年主任をされており、激務の中で演劇部を指導し、自分で台本を書き、演出をされている。週末はよく登山をされるという。山を登りながら様々なアイデアが生まれる。それをボイスレコーダーに記録し、山小屋に着くとiPadを開いて文章をまとめるそうだ。アスリートのような生活をされている。

中学時代の友人に、「いま何してるの?」と言われると、答えに詰まる。

何もしていない。何者でもない自分。

過去の栄光と、些細な自慢話しかない。

幸いなことに、些細な自慢話はいくつかある。

去年入籍した。結婚に至るまでには自分の欠けを補うために様々な勉強、経験をした。考え方の転換もした。

自分はいつか結婚をしたいと思っていたので、人生の大きな課題の1つをクリアしたことには達成感がある。

結婚生活は今も極めて良好である。

世間でいうところの「幸せな結婚生活」とはだいぶ違うように思うが、そんなことはまったくどうでも良い。

日々、幸せを噛み締めて生活している。

今の仕事は気に入っている。新卒から3社目にして、最も居心地がよく、有意義な会社に勤めている。

1社目と2社目は、自分の人生にとって大きな2つの挫折だった。

ここで成功すれば、と大きな夢を持って入社したものの、上司や経営者が技術に疎かったため、時代遅れの技術に縛られて仕事をするはめになった。

若い僕は、自分が会社を変えればいいと思っていたが、それは間違いだった。

会社は変わらない。自分が辞めるほうがずっと簡単だった。

今の会社に転職して4年。ようやく最先端技術で仕事が出来た。自力で仕事を取ってきて自力で開発して自力で売り上げる力もついた。

勉強する時間的余裕もあったので長年苦手としていた政治経済に取り組み、苦手意識は無くなった。

会社に依存せず、自力で稼ぐ実感。

そんなものは例えば中卒で自営業を始めた同級生にはきっと当たり前の感覚であり、大学院まで出た僕が今更? と思うだろう。

その今更なのだ。本当にね。

サラリーマンの傍ら、手品の会社を仲間と作って、これももう9年になる。

細々とやっているが、続けていたお陰でいくつかの良い実績を作ることが出来た。

ミュージカルや映画の中でのマジック的演出や、CM、商品プロモーションでのマジック的仕掛け。

ただ、マジックの世界の現象を持って行ってそこにはめ込むのではなく、マジックのエッセンスを抽出して密かに混ぜ合わせるのが僕の好みだ。

この仕事は毎度手作りなので大事業には発展しないが、今後もやっていきたい。


学生の頃の昔話を思い出したので書いておこう。

3歳下の男友達と一緒に、何かの公演の手伝いをして、その打ち上げだったか。自分とその友人の他は年上のお姉さま方が7,8人。

話題の中心は、僕が連れてきたその3歳下の友人だった。

僕はその状況にどう対処すれば良いのかわからなかった。

どうやってこの場に居続けられるのか全く分からなかった。

その時僕は初めて、「自分が話題の中心であることがそれまでずっと当たり前だった」ということに気付いたのだ。

それに気づいていなかった自分を突然発見し、なんとも恐ろしい気がしたものだ。

そんな状況も今はとっくに慣れた。普通になった。良いことだと思っている。

先日久しぶりに会った幼馴染に、「たくさん影響を受けました」と言われた。

はて、自分にそんな影響力があったかな、という気がする。あったような気もする。昔のことで忘れてしまった。

何者でもない自分という現実と何年も向き合っているうちに、性格が変わってしまったような気がする。

人に上からモノを言う機会が減った。普通になった。良いことだ。

努めて社交的に振る舞っているつもりだが、僕の本質は孤独なのだな、とこの頃感じる。

父が撮影した幼少期の8mmフィルムを見ると、僕はずっと一人で遊んでいた。

世に「メンター」という言葉がある。自分の成長を見守り、適宜アドバイスをくれる存在、というようなものだろうか。よくわかっていない。

僕にはメンターがいないし、僕が誰かのメンターになっているわけでもない。

周りで成功している人を見ると、メンターがいるような気がする。いる人だけが目に付いているだけかもしれないが。

よくわからない。僕にもメンターが必要だろうか。どうして僕にはメンターがいないのだろう。

何者でもない自分。

僕はだいぶ普通になった。普通になりたかったのだ。

一度普通になる必要があった。もう十分、普通になった気がする。

地に足がつき、これも悪くないなと思うこともある。

しかし、僕はもう一度離陸しなければならない。

エンジンを全開にした瞬間に感じるタイヤの軋み。地面の摩擦。

飛ばなければならない。

僕は普通になんかなってない。普通に振る舞うのが上手くなっただけだ。

そう自分に言い聞かせて、くるりと関節を回し、飛行形態に変身するのだ。

硬い不動の大地を蹴って、乱流を見極め、鋭い翼を滑りこませる。

前よりもずっと上手く飛べる筈。